65歳。会社の借入は8,000万円。そのすべてに、自分の判子が押してある。工場を建てたとき、リーマンの後をしのいだとき、コロナのとき——会社を守るたびに、保証は増えていった。会社をたたむにしても、誰かに譲るにしても、この保証はどこまで自分についてくるのか。家内には「大丈夫や」と言ってあるが、本当のところが分からないまま、引退の話を先に進められずにいる——。
先に結論をお伝えします。会社をM&Aで譲る場合、社長の個人保証(経営者保証)は、買い手側への引き継ぎや解除を金融機関と交渉するのが標準的な進め方です。「保証を外してから引退する」ことは、現実に可能です。そして「保証が外れる形になるまで、譲渡の判子は押さない」——これが交渉の鉄則です。
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そもそも「経営者保証」とは
中小企業が金融機関から融資を受けるとき、社長個人が会社の借金の連帯保証人になる——これが経営者保証です。会社が返せなくなれば、社長個人の財産で返す約束。長く商売をしてきた会社ほど、借入のたびに保証が積み重なり、「会社の借金=自分の借金」の状態になっています。多くの社長にとって、これが引退を考えるときの一番重い鎖です。
廃業と譲渡で、保証の行方はこう違う
廃業の場合:会社の資産を売って借入を返し、返しきれなければ、残りは保証人であるあなた個人に請求されます。自宅を担保に入れていれば自宅に、退職後の生活資金に、影響が及びます。「黒字のうちにたためば大丈夫」と思われがちですが、廃業には設備処分・原状回復などの持ち出しがあり、帳簿上の黒字がそのまま手元に残るわけではありません。
M&A(株式譲渡)の場合:借入は会社(法人)のものとして、会社ごと買い手に引き継がれます。そのうえで、あなた個人の保証は「解除」または「買い手側への付け替え」を金融機関と協議します。つまり譲渡では、借金そのものが消えるのではなく、借金と保証を背負う主体が、あなたから買い手側に移るのです。この一点が、廃業との決定的な違いです。
保証が外れるまでの実務の流れ
保証の解除は自動的には起きません。段取りを踏んで初めて外れます。
- 保証の棚卸し:どの借入・どの契約に、誰の判子があるかを最初に全部洗い出します
- 金融機関への事前相談:ここが肝心です。譲渡契約を結ぶ前に、金融機関へ水面下で相談し、「この買い手が引き継ぐなら、保証の解除(または付け替え)に応じる」という内諾を得ておきます。契約に書いた後で金融機関に断られると、条件が宙に浮いて破談の火種になります。金融機関は事後に承諾を求める相手ではなく、事前に味方に巻き込む相手です
- 譲渡契約に明記:内諾を踏まえて、譲渡契約の条件に「クロージングまでに(または後の一定期日までに)売り手の個人保証を解除すること」を盛り込みます。ここを曖昧にしたまま判子を押すのが、一番危険です
- 正式な解除手続きと確認:クロージングに合わせて金融機関と正式な手続きを行い、保証解除の書面を確認してから、引き渡しを完了させます
最終的な判断は金融機関にありますが、次に説明するとおり、いまは「外す方向」に国の後押しがある時代です。
国のルールも「保証を外す」方向に動いている
平成26年から運用されている「経営者保証に関するガイドライン」は、法人と個人の資産が分離されているなどの条件のもとで、経営者保証に依存しない融資を金融機関に求める国主導のルールです。さらに令和2年からは事業承継に焦点を当てた特則が適用され、承継時に前経営者と後継者の双方から二重に保証を取ることは原則禁止、前経営者の保証は解除に向けて適切に見直すことが金融機関に求められています。
加えて、会社を譲って役員からも退き、株も手放したあなたは、法律上いわゆる「第三者」に近い立場になります。現在の実務では第三者の保証は原則として取らない方向にあり、引退した前経営者の保証を漫然と残すことには、金融機関側も慎重な対応を求められています。金融庁も令和8年に、M&A・事業承継時の経営者保証に関する情報ネットワークを立ち上げるなど、後押しは年々強まっています。
では、金融機関は何を見て判断するのか。ガイドラインが示す目安は3つです。①法人と経営者の資産・お金が明確に分かれていること②法人の収益力・財務基盤で返済が見込めること③金融機関に財務情報がきちんと開示されていること。M&Aの場面では、信用力のある買い手が加わることで②が補強され、譲渡に向けた資料整備で③も自然に整います。つまり譲渡の準備は、そのまま保証解除の準備にもなる——ここが実務の面白いところです。①の「会社と個人のお金の混在」(役員貸付・個人経費など)だけは早めの整理が必要なので、決算書を見ながら最初に確認します。
もちろんガイドラインに法的な強制力はなく、「必ず外れる」とは言えません。ただ、交渉の根拠は揃っている——これが今の時代の実像です。
借入以外の「隠れた判子」も棚卸しを
意外に見落とされるのが、融資以外の保証です。
- 設備・車両のリース契約の連帯保証:工場の機械、社用車、コピー機まで。リース会社ごとに解除・変更の交渉が要ります
- 事務所・工場の賃貸借契約の保証:家主との契約で社長個人が保証人になっているケース
- 自宅など個人資産の担保提供:借入の担保に自宅が入っていれば、その扱いを譲渡条件の中で必ず整理します
- 配偶者・親族の連帯保証:奥様やご兄弟の判子が入っている契約は、ご本人の保証と同じ重さで解除を詰めます
これらは決算書だけでは見えません。契約書を一枚ずつ確認する地味な作業ですが、ここを漏らすと「会社は譲ったのに保証だけ残った」が現実に起こります。
「成立してから考えましょう」と言う買い手には、注意してください
小規模M&Aでは、譲渡が成立したあとに買い手が会社の現金や資産を抜いて姿を消し、売り手社長の個人保証だけが残る——そんなトラブルが実際に起きています。「M&Aで保証が外れた」と安心していたら、実際には何の手続きもされていなかった、という事態も報告されています。
個人保証の問題は、突き詰めると「買い手を信頼できるかどうか」の問題でもあります。誠実な買い手であれば、保証解除の交渉に協力的です。逆に、「成立してから考えましょう」と先送りする買い手には注意が必要です。買い手の見極めと、売り手と買い手が揃って金融機関に向き合う段取りを整えること——そこも、私たちがお手伝いする仕事のひとつです。
外れにくいケースも、正直にお伝えします
債務超過が深い場合や、買い手側の信用力が乏しい場合、金融機関が解除に応じにくいことはあります。ただ、その場合でも「全部か、ゼロか」ではありません。保証の範囲を縮小する、一定期間後の解除を約束させる、買い手の親会社保証に置き換える——段階的な着地の形はいくつもあります。大事なのは、外れない可能性も含めて、判子を押す前にすべてをテーブルに載せること。押した後では、交渉の材料がなくなります。
よくある質問
Q. 赤字の会社でも、保証は外れますか?
買い手がつき、買い手側の信用で金融機関が納得すれば、赤字でも解除・付け替えは可能です。逆に言えば、保証の行方は会社の黒字赤字よりも「誰が引き継ぐか」で決まる部分が大きいのです。
Q. 自宅が担保に入っています。売却したら自宅はどうなりますか?
借入が買い手側に引き継がれ、担保の差し替えや解除が協議できれば、自宅の担保を外すことも交渉できます。自宅を守ることを譲渡条件の柱に据えて組み立てますので、最初のご相談の段階でお聞かせください。
Q. 相談したら、売る方向に話が進んでしまいませんか?
進めません。保証の棚卸しをした結果、「まだ続ける。ただし保証の見直しだけ金融機関に相談する」という結論もあります。まず現状を正確に知ることが、どの道を選ぶにも出発点です。
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まずはご相談ください
「売ると決めたわけではない」という段階でも構いません。保証や借入の数字も、一緒に整理するところからで大丈夫です。
一人で抱えているより、一度ご相談いただく方が、気持ちが楽になることがあります。
ご相談を、代表の吾郷が直接お受けします。
監修:中小企業診断士・事業承継士 吾郷 泰佑
京都府を中心に、小規模M&A・事業承継のご相談に1,000件以上向き合ってきました。完全成功報酬で、ご相談から成約まで代表が直接伴走します。
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