相手に会うまでは、売りたくなかった。

「売る気はないんですよ。ただ、話を聞いてみたくて。」

最初の面談で、社長はそう言った。腕を組んで、少し背もたれに寄りかかっていた。

話を聞きたいだけ。その言葉は本当だったと思う。ただ、その裏に何があったかというと、「相手の顔が見えなかった」ということだった。


M&Aを検討し始めるとき、経営者が最初に感じるのは不安だ。

買い手がどんな会社なのか。自分の会社をどう見るのか。従業員をどう扱うのか。何もわからないまま「売る」という言葉だけが先行すると、決断できなくて当然だと思う。

この社長も、そうだった。

資料を見せても、数字を出しても、反応は薄かった。「まあ、そうですか」という感じで、何かを決めるような顔ではなかった。


数ヶ月後、買い手候補との面談を設定した。

当日、相手の会社の担当者がやってきた。思っていたよりずっと普通の人だった。業界のことをよく知っていて、社長の会社に興味を持った理由を丁寧に話してくれた。

面談が終わったあと、社長がぽつりと言った。

「こんな会社が、うちに興味を持ってくれるんですね。」

責めているわけでも、驚いているわけでもなく、ただ静かにそう言った。

その顔を見て、私は何かが変わったと感じた。


それから少しして、社長から連絡が来た。

「話を進めてみましょうか。」

最初に「売る気はない」と言っていた人が、だ。

何が変わったのかを後から聞いたことがある。社長は少し考えてから、こう言った。

「会う前は、なんとなく怖かったんです。でも会ってみたら、普通の人で。うちのことをちゃんと見てくれていると思って。」


「売りたくない」と言う経営者に、何度も会ってきた。

でも実際には、売りたくないのではなく、相手の顔が見えないから決められない、というケースが多い。どんな会社が、どんな思いで、自分の会社に興味を持っているのか。それがわかった瞬間に、霧が晴れるように気持ちが動く。

会うまでは不安が勝る。でも会えば変わる。そういう経営者を、私はたくさん見てきた。

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