社労士事務所の事業承継・譲渡|引き継げる相手、一人法人の後継候補者、顧問先と職員【京都】

「後を任せられる人が事務所にいないけれど、顧問先を放り出して閉めるわけにもいかない」。事務所の今後を考えるとき、こうした迷いから始まることもあると思います。

社労士事務所を引き継げるのは、社労士か社労士法人に限られます(社会保険労務士法第27条)。個人で開業している場合は、職員と顧問先の承諾が必要です。社員が1人の社労士法人であれば、あらかじめ届け出ている後継候補者の名簿が話の出発点になります。

京都府社会保険労務士会の個人会員は977人で、このうち開業している人(社労士法人の社員を含む)は721人です。全国の登録者の平均年齢は56.70歳で、60歳代が23.0%、70歳代が12.5%を占めています(いずれも2026年3月31日時点、全国社会保険労務士会連合会の白書)。この2つの年代を合わせると、登録者の3人に1人を超える計算です。

社労士事務所を事業譲渡できる相手は誰?

事務所の引き継ぎを考えるなら、まず確認したいのが譲渡先の条件です。

労働社会保険に関する書類の作成や、役所への提出代行を、他人から依頼を受けて報酬を得ながら業として行えるのは、社労士と社労士法人に限られています(社会保険労務士法第27条)。また、社労士法人の社員になるには社労士資格が必要です(同第25条の8)。そのため、一般の会社が法人の持分を買い取り、社員として事業を引き継ぐことはできません。

社労士には、第27条に違反する人に自分の名義を使わせてはならないという決まりもあります(同第23条の2)。名義を貸して事務所の運営を続けてもらうと、貸した側の社労士も違反になります。資格を持たない親族や職員に名前だけ残してもらい、実際の運営を任せる方法は認められていません。

一方、労務管理に関する相談や指導は、第27条による制限の対象外です。社労士資格を持たない会社に任せられるのは、原則として、書類の作成や提出代行を伴わない業務になります。

一人法人の後継候補者はどう決まる?名簿と変更の届出

譲渡先の条件を確認したら、次はご自身の事務所がどのような形で運営されているかを見ておきましょう。

社員が1人だけの社労士法人では、設立の届出をするときに、後継候補者届出書と候補者の同意書を連合会に提出しています。法人の名簿には、候補者の氏名、登録番号、優先順位が記載されています(連合会の会則第39条の3・第39条の4の2)。

後継候補者やその順位は、届出によって変更できます。新たな候補者を選ぶ場合は、本人の同意書も添付します。設立のときの候補者と、いま話を進めたい相手が違うなら、早めに変更しておくと、名簿と実際の話が食い違わずにすみます。

社員が亡くなって社員が欠けた場合に限り、清算人が相続人の同意を得たうえで新しい社員を加入させ、法人の事業を継続することができます(社会保険労務士法第25条の22の2)。

引き継ぐ社労士がすでに事務所を持っているときは?

近隣の社労士に事務所を引き継いでもらう場合、相手が現在営んでいる事務所との関係も確認しておく必要があります。

個人で開業している社労士は、2つ以上の事務所を設けることができません。厚生労働大臣の許可を受けた場合は例外です(同第18条)。そのため、個人の事務所を譲渡するなら、引き継ぐ側が現在の事務所とどのように運営を両立させるのかを、最初に確認する必要があります。

社労士法人の場合は、支店(従たる事務所)を設置できます。ただし、その事務所には、所在地の都道府県の社労士会に所属する社員を常駐させる必要があります(同第25条の16)。

京都の事務所を支店として残すのであれば、京都府社会保険労務士会の会員である社員が必要です。引き継ぐ相手が他府県の社労士法人なら、誰が京都の事務所に常駐するのかが、譲渡を進めるうえでの条件になります。

社労士事務所を譲渡したら、職員の雇用はどうなる?

相手の見込みが立つと、次に気になるのは職員のことだと思います。

個人の事務所を譲渡する場合、職員の雇い主が変わるため、新たに雇用契約を結ぶ必要があります。職員一人ひとりの承諾を得なければならず、承諾しなかったことだけを理由に解雇すると、無効になる場合があります(厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」)。

これに対して、社労士法人の社員が入れ替わる形であれば、職員の雇い主は引き続き法人です。雇用契約を結び直す必要はありません。

資格を持たない職員が、社労士の補助業務を担当すること自体は差し支えないとされています(大阪労働局・大阪府社会保険労務士会のパンフレット)。

ただし、2026年8月に厚生労働省が公表した懲戒処分では、事務補助者が作成した書類について、社労士自身が確認する機会を省略していたことや、適切な業務遂行体制を整えていなかったことが、処分理由の一つに挙げられています。引き継いだ後に書類を誰が確認するのかは、譲る前に相手と決めておきましょう。補助者に任せきりのままでは、同じ理由に当たるおそれがあるためです。

また、補助者として働いた期間は、社労士の登録に必要な実務経験に算入できます(社会保険労務士法施行規則第1条の11)。試験に合格した職員が社労士登録を済ませ、そのまま事務所を引き継ぐという道もあります。外に相手を探す前に、事務所の中に受験している職員がいないかを見ておくとよいでしょう。

顧問先の承諾と、預かっているマイナンバーはどうする?

職員の雇用と並んで、早めに確認しておきたいのが顧問先との契約関係です。

個人の事務所を譲渡する場合、顧問契約を引き継ぐには、顧問先の承諾が必要です(民法第539条の2)。一方、社労士法人の社員が交代するだけであれば、契約相手は引き続き同じ法人です。そのため、顧問契約を移す手続きは必要ありません。

顧問先の情報に当たる個人データは、事業の承継に伴って引き渡す場合、個人情報保護法上の第三者提供には該当しません(第27条第5項第2号)。本人から改めて同意を得なくても引き継ぐことができ、引き継いだ側は、承継前の利用目的の範囲内で情報を利用します(個人情報保護委員会のガイドライン)。

マイナンバーについても、事業の承継に伴う引き渡しが認められています(番号法第19条第6号)。ただし、本人の同意があったとしても、法律で定められた事務以外に利用することはできません(同委員会のマイナンバーのガイドライン)。

社労士事務所の売却価格はどう決まる?

引き継ぎの対象が見えてきたら、次に検討するのが譲渡価格です。

連合会が実施した2024年度の調査によると、回答した開業社労士の顧問先は平均33.2社で、売上に占める顧問契約の割合は71.9%でした。

中小企業の譲渡では、純資産に数年分の利益を加えて譲渡額を決める方法もあります。どの利益を何年分加えるかは案件によって異なり、交渉を通じて決まるケースが多いとされています(中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」参考資料2)。

ただし、これは中小企業の譲渡全般に関する説明です。社労士事務所に特化した売却相場を示すものではありません。純資産の算出方法や利益を加える年数については、会社の売却相場はどう決まるに書いています。

個人の事務所を譲渡する場合は、顧問先が承諾した契約だけが引き継ぎ先に移ります(民法第539条の2)。そのため、純資産に加える利益の評価も、実際に引き継いでもらえる顧問先の数によって変わってきます。

値段の前に確認したいのは、顧問先のうち何社が新しい先生のもとに残ってくれそうか、です。

京都で社労士事務所の譲渡を考え始めたら、今日できること

まずは、現在の事務所の形に合わせて、手元にある資料を確認してみてください。

個人事務所なら、顧問契約の一覧と職員の人数を確認します。社員が1人の社労士法人なら、届け出ている後継候補者の氏名と優先順位を見ておきましょう。こうした情報が分かれば、譲渡にあたって誰の承諾が必要になるのか、具体的に見えてきます。

今すぐ引き継ぎ先を探し始める必要はありません。まずは事務所の現状を把握するところから始めてみてください。

譲るかどうかの前に、顧問先と職員にどんな形で残ってほしいかを考えてみてください。それが、相手を選ぶときの物差しになります。

譲る話を誰かに持ちかける前に、一度ご相談ください。相手が社労士か社労士法人か、一人法人なら名簿に誰が載っているか、職員と顧問先にいつどう伝えるかを、一緒に確認します。譲るかどうかを決めるのは、その後で構いません。

この記事の数字と出典

項目 内容 出典
社労士の数(京都府・個人会員) 977人です(2026年3月31日) 全国社会保険労務士会連合会「社会保険労務士白書 2026年版」
うち開業(法人の社員を含む) 721人です(2026年3月31日) 同 白書
うち勤務等 256人です(2026年3月31日) 同 白書
登録者の平均年齢(全国) 56.70歳です(2026年3月31日) 同 白書
登録者の60歳代(全国) 23.0%です(2026年3月31日) 同 白書
登録者の70歳代(全国) 12.5%です(2026年3月31日) 同 白書
業務の制限 社労士・社労士法人でない者は、他人の求めに応じ報酬を得て、書類の作成・提出代行等(第2条第1項第1号〜第2号)を業として行えません 社会保険労務士法 第27条
法人の社員 社労士法人の社員は社労士でなければなりません 社会保険労務士法 第25条の8
名義の貸与 社労士は第26条・第27条に違反する者に名義を利用させてはなりません 社会保険労務士法 第23条の2
一人法人の届出 設立の届出に後継候補者届出書と候補者の同意書を付けます 全国社会保険労務士会連合会 会則 第39条の3(令和6年11月29日施行)
後継候補者の名簿 氏名・登録番号・優先順位が載ります。届出で変更できます 同 会則 第39条の4の2
社員の死亡と法人の継続 清算人は、社員の死亡で社員が欠けた場合に限り、相続人の同意を得て新たに社員を加入させて法人を継続できます 社会保険労務士法 第25条の22の2
事務所の数 開業社労士は事務所を2以上設けられません(厚生労働大臣の許可を受けたときを除きます) 社会保険労務士法 第18条
法人の事務所の社員 法人の事務所には、所在地の社労士会の会員である社員を常駐させます 社会保険労務士法 第25条の16
職員の承諾(事業譲渡) 承継予定労働者から個別の承諾(民法第625条第1項)を得る必要があります 厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」
承諾しない職員の解雇 承諾しなかったことのみを理由とする解雇は、無効になり得ます 同 指針
補助作業 社労士が事務員等を雇用し補助作業を行わせること自体は差し支えないとされています 大阪労働局・大阪府社会保険労務士会「社会保険労務士法」パンフレット(平成25年11月)
懲戒処分の理由 事務補助者が作成した提出書類等を自ら確認する機会を省略し、適切な業務遂行体制を構築していなかったことが、理由の一つです 厚生労働省 社会保険労務士の懲戒処分の公表(令和8年8月)
補助者の期間 社労士・社労士法人の補助者として従事する事務は、登録に要る実務経験に数えます 社会保険労務士法施行規則 第1条の11
契約の承継 契約上の地位の譲渡は、相手方が承諾したときに移転します 民法 第539条の2
個人データ 事業の承継に伴う個人データの提供は、第三者提供に当たりません 個人情報保護法 第27条第5項第2号/個人情報保護委員会 ガイドライン(通則編 3-6-3)
マイナンバー 事業の承継に伴う提供が認められています。本人の同意があっても事務以外に利用できません 番号法 第19条第6号/個人情報保護委員会 ガイドライン(特定個人情報 事業者編)
顧問契約の数(調査) 開業社労士の回答で、1事務所あたり平均33.2社です 全国社会保険労務士会連合会「2024年度社労士実態調査」概要
売上に占める顧問契約(調査) 開業社労士の回答で、71.9%です 同 調査
値段の出し方(参考) 時価純資産法(又は簿価純資産法)により算定した純資産に、数年分の任意の利益を加算した金額を譲渡額とする場合もあります 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(参考資料2)中小M&Aの譲渡額の算定方法 p.3(2024年8月)
加算する利益 種類・年数は事例ごとに異なり、交渉によって決まるケースが多いとされています 同 参考資料2 p.3

最終確認:2026年10月22日

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監修:中小企業診断士・事業承継士 吾郷 泰佑
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