60歳。京都で整骨院を26年続けてきた院長の話です。(実際のご相談をもとに、業種や状況を変えて再構成しています)
スタッフは勤続7年から12年の顔ぶれで、直近の3年は経営も安定している。体もどこも悪くない。仕事は今も楽しいと言い切る。——その人が、少し前、院を譲ると決めました。
周りからは「まだ元気なのに、なぜ」と言われたそうです。
息子は継がなかった
開業した頃、息子は「僕が継ぐ」と言っていました。その言葉を頼りに、専門学校に行かせた。在学中は院でアルバイトもしてくれて、患者さんへの声のかけ方を見て、向いている、と思っていたそうです。
けれど就職の時期が来て、息子は別の仕事を選びました。
恨んではいないと言います。あの子の人生だから、と。ただ、「いつかは息子が」という前提が、この家からなくなりました。
スタッフには、スタッフの生活がある
長く勤めてくれているスタッフに、それとなく話を向けたこともあるそうです。でも、はっきり分かったことがありました。勤め続けてくれることと、経営を引き受けてくれることは、別の話です。借入の保証や家賃の契約、人の採用や労務まで背負ってほしいと頼める相手は、身内にも、院の中にも、いませんでした。
決め手は、同業の先輩たちの姿だった
この仕事を26年やっていると、先輩たちのその後を見ることになります。70歳を過ぎても院に立ち続け、少しずつ患者さんが減り、数字が細り、借入だけが残っていく。そして75歳、80歳になってから、「もうどうにもならない、どうしよう」というところから相談が始まる。そういう例を、この方はいくつも見てきました。
怠けていた人たちではありません。むしろ真面目に、休まず働いてきた人たちです。ただ、辞める時期を決めていなかった。違いはそれだけに見えた、と言います。
それで、自分に問いかけたそうです。今は元気だ。あと5年、10年は続けられると思う。でも、5年続けても、辞める日は必ず来る。そのとき65歳の自分に、今と同じ気力と体力と、正しく決める力が残っているだろうか。
「分からない」と思った。それが答えでした。役員である夫は、もうすぐ70歳になります。二人とも元気なうちに、と決めました。
「まだ元気なのに」ではなく、「まだ元気だから」
数字は安定している。伸びしろもある。健康にも問題はない。だから周りは「もったいない」と言います。
でも、この方の考えは逆でした。一番いい状態の院を、頭がはっきりしているうちに、自分で選んだ相手に渡す。それができるのは今しかない。数字が落ちてから、体を壊してから、決める力があやしくなってからでは、渡せるものも、選べる相手も、減っていく一方だからです。
譲ったあとの話
この業界から離れるつもりはないそうです。「週に何日か、一人の施術者として現場に立ってもいい。細々とでも、どこかで誰かの役に立てればいい」と話していました。
この方にとって譲渡は、仕事を失うことではありませんでした。経営者として背負ってきたものを下ろして、好きな仕事だけを手元に残す。そういう選択でした。
5年後の自分に、任せますか
私はこの決断を間近で見て、率直にすごいと思いました。多くの社長は「まだ大丈夫」を5年ずつ積み重ねて、気づけば70歳、80歳になります。この方は、一番元気なうちに、決めることを決めた。それだけのことが、実際にはほとんどの人にできません。
まだ売ると決めていなくて、かまいません。ただ、一つだけ。この先の大きな決断を、5年後の自分に任せるか、今の自分がするか。それだけ、考えてみてください。
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